2005年08月08日

プロ野球中継改造計画

大それたタイトルですみません。大っ嫌いなプロ野球中継について考えてみました。

まず、何で嫌いか?
1.子供の頃から野球シーズンには父親にチャンネルと取られてたことの恨み。
2.勝手に放送時間を延長して後の番組の視聴者に平気で迷惑をかける。
3.視聴者全てがプロ野球ファンじゃないかというテレビ局の勝手な思い込み。
4.HDDレコーダーやビデオで番組を予約録画してたのに延長戦のせいで録れてないことが多々ある。
5.そもそもプロ野球が好きじゃない、順位の仕組みとかよくわからない。

プロ野球中継の視聴率が下がってるということで、フジテレビは最大延長を15分に短縮すると発表した。また、ジャイアンツの御膝元の日テレも試合内容によっては放送の延長をしない方針を発表した。

でも、録画してテレビを見る人間からしたら、15分でも延長があったら同じこと。30分番組を予約録画してたら後ろ半分が映ってないことになる。日テレの「試合内容によっては」ってのも不確定すぎ。

ここで提案。

1.地上波でのプロ野球中継そのものをやめて、CSやBSデジタルに移行し、見たい人はそちらで見る。

個人的にはこればベスト。ただ、プロ野球界のことを考えたら、これをやったらプロ野球ファンが減っていってプロ野球界の衰退に繋がりかねない。

2.プロ野球中継の延長を一切しない。その後の様子は夜のスポーツニュースとか朝の情報番組でダイジェストで流す。

これもなかなかの案。ただ、見ていても最後まで見れないんだったら・・・ってことでさらなる視聴率低下の原因にもなりそう。

そこでコロンブスの卵的な発想。
3.プロ野球中継の放送時間を思い切って最初から30分拡大する。つまり、最初から延長分を番組の時間として確保してしまい、早く終わったら珍プレー好プレーのビデオを流したり、スタジオ解説をしたりで時間を潰す。

この方法だと最初から放送時間が長く取られているわけだから、その後の番組を録画予約して見ている人にも被害が無いし、スタジオ解説をすることによって、プロ野球ファン以外の人には難解なシステムを一般の人にもわかってもらえるので、プロ野球人気の拡大にも繋がると思う。

個人的には日本のプロ野球がどうなっても関係ない。とにかく、勝手な放送時間の延長だけは我慢できない。無いと思うけど、もしもテレビ局関係者がここを見るようなことがあったら上の3番目の案を考えてみてください。

ちなみに、俺は高校野球は大好き。トーナメントだから一戦一戦を本気で戦っているのでプレーに真剣みがあっていい。そして守備に散る時とかベンチに戻る時に駆け足で移動する姿も素晴らしい。それに比べてプロ野球・・・、守備に散る時とベンチに戻るときは走れ!ピッチャー早く投げろ!バッター早くバッターボックスに入れ!なんで同じ9回までの試合で終了までの時間が30分〜1時間も違うわけ?そもそも高校野球並みのテンポで試合が進めば延長の必要ないじゃん。

ということで、好きでもないプロ野球について書いてみました。
ニックネーム ジョニー at 23:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 考えとか

2005年07月14日

貧富の差

中国を知らない人は中国は社会主義の国だと言う。そして、中国を知っている人は、中国は世界でもっとも純粋な資本主義の国だと言う。俺も後者が正解だと思う。

もっとも純粋な資本主義、つまり完全なる競争社会。一度、競争をすることを放棄して沈んだ国は、1978年に再び競争を始め、それが今の中国の発展に繋がっている。

先日、日本から上海に旅行に行った友人が帰国して「あんなん日本と変わらないじゃん。」と感想を言っていた。確かにそう。中国の一部分、上海などの外国人観光客が目にする部分だけを見たら先進国と言ってもいいくらいに発展している。

ここ深センの規模は上海ほどではないけど、それでも近代中国で一番最初に資本主義の血が流れ始めた街とあって、その経済発展は目を見張るものがある。統計に載らない出稼ぎ労働者がたくさん居る為、正確な人口統計は無いけど、最新の統計では深センの人口は1200万人とのこと。わずか27年前、ここは人口30万人程の漁業と農業の街だった。

深センの経済特区街にある、うちの商品の生産を委託している工場のワーカー、彼らの給料は日給15〜20元程度。残業も含めて1日12時間ほど働いてようやく300円くらいの日当になる。

今日の昼、深セン市内のショッピングセンター内にある大衆的なカレー屋で25元の日本風カツカレーを食べていると、4人の高校生が入ってきて、昼食を食べていた。その店のメニュー、一番安い物でも18元。つまり、ワーカーの日給の1日分。それを普通の高校生がただの昼食だけで使っている。

日本みたいな社会主義の国に育った俺から見ると、この純粋なる資本主義が生み出した貧富の差というものがすごく奇妙なものに感じられる。
ニックネーム ジョニー at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えとか

2005年02月01日

グローバル企業

朝、寝ぼけてパソコンとPDAにたっぷりお茶を飲ませた。

慌てて水分を出して、部屋をオイルヒーターとエアコンで暑くしてその中に放置。

しばらく経ってから、ノートパソコンを分解して中を見ると、幸い基盤は無事。キーボードの交換だけで大丈夫そう。すべて組み立てて電源を入れてみる。普通に立ち上がるウインドウズ。普通にすべてのキーが動くキーボード。さすがIBM ThinkPad。

ちなみに、留学中に知り合った友達は、vaioのキーボードに烏龍茶を1滴垂らしただけでその辺のキーが使えなくなって、日本に送ってキーボード交換になった。

PDAの方も一生懸命水分を出して電源を入れてみると普通に起動。さすがHP(ヒューレッドパッカード) iPAQ。PDAとノートパソコンが死んだら仕事にならないから本当にあせった。

で、今回、修理に出さなきゃならないかもって思って
PDAの保証書を見て気づいたのが、IBM同様、HPも世界中何処に居ても保証が適応されて現地で修理が出来るということ。

俺がIBM、東芝DynaBookを使っていた理由の一つが、このグローバルサポート。前述のSONYのように「日本の修理受付センターまで送っていただき・・・」なんて事は言わない。その国のサポートセンターがちゃんとサポートをしてくれて、しかも日本で買った時の保証がそのまま適応される。

海外のグローバル企業と言われる所では当たり前なサポート体制なのに、日本企業の中では一番グローバル企業っぽいSONYでさえも、日本で買った物は日本じゃないと修理できないなんて馬鹿な事を言っている。

この話を香港に住む友達に話したら、

「日本メーカーは日本人相手だけで商売が成り立っちゃうから。」

妙に納得。

陸続きで隣国に接していて、気軽に国境を越えてビジネスマンも旅行者も移動するヨーロッパなどと、海に囲まれて、海外に出るのは海外旅行に行くときか、一部のビジネスマンだけっていう鎖国された日本とでは、そのあたりの考え方にも大きな違いがある。

海外に住む人間にとっては、世界中何処に居ても保証が適用されて、ちゃんと現地で修理をしてくれるってこれほどありがたい事はない。日本の他のメーカーも、グローバル企業を自負するんであれば、このあたりのサポート体制をもっとしかっりしてもらいたいと思う。
ニックネーム ジョニー at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えとか

2005年01月19日

コピーが奪うもの

ずっと聞きたかったCDをmp3で入手した。もちろん、それで音楽としてちゃんと聞く事が出来る。ジャケットや歌詞カードが無いだけで。

でも、無いのはジャケットや歌詞カードだけではなくて、欲しかったCDを買った時の嬉しい気持ち、爪でガチガチ引っかいてパッケージの透明のフィルムを剥がすあの感触(日本盤はテープをピーっとやるだけだけど)、初めて聞く時の歌詞カードを見ながら聞くあのドキドキ感、ソンナノハまったく無く、ただ音があるだけ。

いいCDかどうかわからないから、とりあえずダウンロードして聞いてみて良かったら買う、良くなかったら買わないというのもアリだとは思う。ただ、それを聞き続けてしまうと、CDが欲しくならなくなるし、買っても前述するような嬉しさやドキドキ感は得られない。

ファイル共有ソフトで最新のアルバムがすぐに手に入ったり、中国のサイトなんかだとふつうに堂々とmp3が転がっていたりして、なんだか便利な世の中になったなあと思うんだけど、それとは引き換えになんだか大事なものを失っているきがした。

今お気に入りのあるアルバム。もうmp3でずっと聞いていて、今更CDを買うのももったいない気がするけど、自分の中のこのモヤモヤした気持ちを消し去るために今度ちゃんとCDを買おうと思った。4曲目の遭難っていう曲がたまらなくカッコいい。

小林亜星一味やレコード会社が「CDが売れなくなったのはファイル共有ソフトのせいだ」って息巻いてるけど、それは大きな間違いで、みんなが買いたいと思うCDをアーティストもレコード会社も生み出せなくなってきているから。消費者の限られた時間とお金を携帯電話インターネットから取り返せるだけのCDを作らないと売り上げはどんどん減る一方だと思う。逆に、今回の俺みたいに、本当にいい物を出してもらえたらコピーやmp3を持っていてもちゃんと欲しくなるし、実際にお金を出して買う人も増えると思う。

なんだか何を書きたいかわかんなくなってきたけど、お気に入りのCDのダウンロードしたmp3を聞きながら一人でずっとこんなことを考えていた。
ニックネーム ジョニー at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 考えとか

2004年11月15日

道州制

今日は、早くお風呂に入って時間もあるので2本目。

今日、こんな記事を目にした。リンクから記事を辿って見るのがめんどくさい人の為に簡単に説明すると、広島県が中国地方5県を廃止して中国州とする道州制推進計画を発表したと言うもの。

今の腐りきった日本が再生するには、道州制導入くらいの思い切ったことをしなくてはいけないと思う。最近、石原東京都知事や田中長野県知事を筆頭に地方のトップの方が元気がいい。これらの知事達が昔の薩長連合のように、地方発の大革命(明治維新ならぬ平成維新)を起こしてくれたら、これから先の日本がもうちょっとは面白い国になるかもしれない。

道州制について書き始めたら、本当に本が書けるくらい長くなってしまうんで、詳しくは触れないけど、道州制の導入にはメリットがものすごくたくさんある。ただ、どんなメリットよりも一番のメリットは今の日本をぶち壊せること、これに尽きると思う。

小泉さんもミイラ取りがミイラになってしまったような感じだし、石原さんは今から国政に乗り出すにはちょっと年齢的に遅すぎるし、日本を壊せるようなパワーのある政治家が早く出てこないかなあ・・・。
ニックネーム ジョニー at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えとか

2004年11月11日

猫の幸せ なるとの幸せ

今日、ネコ関連のブログを回っていて
田舎ネコ*都会ネコ50匹のお家探しSOS!というサイトに辿り着いた。タイトルから言って、いかにもかわいそうな猫たちが出てきそうな気はしたけど、気になってみてみたら案の定、かわいそうな、それでいてかわいい猫たちがいっぱい居た。

田舎ネコの方は、飼い主さんが病気で入院してしまい(回復の見込み無し)、残された猫たち、都会ネコの方は、身勝手な飼い主によって劣悪な環境で飼われていた猫たち、それらをボランティアさんが世話をしてあげながら里親を探しているというサイトなんだけど、都会ネコの方は、なんと言うか、見ていて言葉には出来ない憤りを感じた。

彼らがどんな劣悪な環境で飼われていたかはサイトを見ればわかるので、ぜひ見て欲しい。

でもでも、ここで取り上げられてるのはたった2軒の家。それでも計50匹。日本中探したら、こんな不幸な猫たちが何匹居ることだろう。なんでこんな猫たち(というか飼い主)が生まれてしまうんだろう・・・。

うちには7歳になる「なると」という障害を持った猫を飼っている。小さい時に交通事故で右足を失っている。それでも元気に走り回るし、じゃれるし、甘えるし、実家で飼っている他の猫と比べても元気さはさほど変わらず。中国に赴任する前、なるとのことで一番悩んだ。本当に毎日悩んで、なんとか連れて行ける方法が無いか調べて、最終的には合法的にちゃんと一緒に連れてきてあげることが出来たけど、こうやって家の中を我が物顔で歩いて、毎朝、お腹が空いたとベッドまで起こしに来るなるとを見ていると本当に連れてこられて良かったと思う。

前述のあの猫たちに出来ることはなんだろう?と本気で考えた。でも、海外に住んでる俺達夫婦が里親になってあげることは出来ないし、少しでも役に立てたらと思い、このサイトにもリンクを貼り付けることにした。



このリンクからあのサイトに辿り着いた誰かの手によって、彼らが救われますように。彼らに安心と幸せ、温もりのある生活が訪れますように。

ついでに、うちのなるとも少しでも長く、元気に幸せに一緒に生きてくれますように。

基本的に無宗教だけど本気でカミさまに祈ってみました。
ニックネーム ジョニー at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えとか

2004年11月09日

俺包囲網

人付き合いと俺包囲網。難しい問題。

たくさんの人と知り合いになりたいのは確か。コネクションがビジネスに役立つ時もあるかもしれない。ただ、知り合いが増えると、いろいろな所で挨拶されたり、話しかけられたり、行動を見られて他の誰かに報告されたりと、いろいろとめんどくさい事が起こる。

大学時代、1年の時にいろんな人と知り合いになったらそれから4年間、毎日いろいろな人に挨拶をされたり話しかけられたりした。本当に仲が良くて友達と呼べる奴はその中でもわずか数人。

中国に来ると、いろいろな地方でそれぞれいろいろな日本人の集まりがある。そういうのに参加すればコネクションは出来るかもしれないけど、中途半端な知り合いも増えてしまう。そうなったら、某日系スーパーで買い物している時などに
「ああ、ジョニーさんこんにちは。最近どうですか?」
などと不毛な会話をしなくてはならなくなるかもしれない。耐えられない。

きっと、自意識過剰だと言われるに違いない。でも俺にとってはそれは紛れも無く「俺包囲網」。好きなことを人の目を気にせずに出来なくなってしまう。

例えばジャスコで、こう、カートと自分の体の間に彼女を入れて押していたりとか、嬉しい時には広場の所で二人で踊っていたりとか、そんなのを誰か知り合いに見られるのはなんとも気まずい。

「ジョニーさんとyuuさんがジャスコの上海蟹売り場ででランバダ踊ってたよ」

とか

「ジョニーさんとyuuさんがスタバで一つのキャラメルフラペチーノにストロー2本差して顔近づけて飲んでたよ」

なんて噂されようもんなら恥ずかしくて深センに住めなくなるかもしれない。

人付き合いと俺包囲網。きっとこれは永遠のテーマ。

※決して人付き合いが嫌いなわけではありません。むしろ、一人で居るよりは仲間とわいわいやってる方が好きです。ただ、酒のみの関係は×。
ニックネーム ジョニー at 19:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 考えとか